稲積神社 (旧郷社)

コードNo.:1094


神社の写真
■鎮座地: 甲府市太田町10-2
■所属支部: 甲府支部
■御祭神: 宇迦之御魂大神、大宮能売大神
■例祭日: 五月三日
■宮司名: 根津泰昇
■境内地: 三、〇〇〇坪
■氏子戸数: 無  崇敬者数 一、六〇〇人

■由緒沿革:
 今から約二〇八〇年前上古時代、第十代崇神天皇の御代四道将軍武淳川別命東征の折、湖沼地帯であった甲府盆地に御入国あり、湖岸を切り開き湖水を富士川に落して涸燥して、田圃を造り蒼生愛撫、五穀豊穣祈願のため、丸山に奉斎したと伝へられる(丸山は今の舞鶴城址)。甲斐源氏の祖、一条次郎忠頼丸山に館するに当り、庄城稲荷と呼ばれ氏神として甲斐源氏一条忠頼一族の崇敬する所となってゐたが文禄年中浅野長政の築城に当り一蓮寺と共に現地に遷された。徳川時代に入りその神徳、愈々に顕はれ常に老若男女参詣するもの多くその祭は千両祭といはれ雑踏の光景は今境内に存在する「まよひ子しるべ石」及、嘉永四年諸国の信徒より、奉斎された十二支の石灯籠、その他石刻史料数基に刻んだ文字で明瞭である。明治元年神仏混淆禁止により一蓮寺と離れ、明治九年二月甲府第二区郷社となる。以て県令藤村紫郎権大書記官薄龍之氏等に依って、社殿と構築物を修築して神地を以て公園としてゐる。明治大正より官民有志の崇敬を集め「神は人の敬により威を増し、人は神の徳により運を添ふ」如くその祭は稲荷三大祭といはれ御神威を輝かした。
 昭和二十年七月六日から翌七日の未明の戦災により、ご社殿以下炎上し一時仮殿に奉斎してゐた。拝殿は崇敬者一同の浄財によって、昭和三十年五月に竣工、昭和五十一年本殿も竣工された。平成九年より平成十三年の間御鎮座四百年事業として、本殿改修・幣殿改築・拝殿屋根葺き替へ・境内社復興・境内整備事業を行なひ現状の姿となる。
 大祭は「正ノ木さん」と呼ばれ県内外の人々に親しまれ、ゴールデンウイークの人出は県内一番と報道されてゐる。五月二日に行はれる甲府商工会議所の「献木祭」を皮切りに夕刻には「前夜祭」が斎行される。三日には「例大祭」に続き「神輿渡御」が行はれ、近隣を練り歩く。宮入は荘厳で、見物人で大いに賑はふ(宮神輿は平成二十一年天皇陛下御即位二十年奉祝事業として新調された)。四日には「二之祭」、五日には「三之祭」又夕刻には「成就奉告祭」が斎行され一連の神事を納める。露店商は全国よりはせ参じ二五〇店以上が出店し、植木市は特に有名である。
 信仰する中には病難苦難を除かれ開運の恩恵に浴した人達が多く、方災除に霊異ありと日参する者もある。
 「鍵銜向霊狐」(ふりがな入れる かぎくわえむかいきつね)の絵馬は、銜える鍵が『神縁結びの扉を開く鍵』『福や子宝の入った宝箱を開ける鍵』と言はれ、又全国でも当社でのみ授与されるこの絵馬は、伝統的な日本絵馬の一つとして珍重されてゐる。
 境内にある三葉の松は「金銭松」とも呼ばれ、葉を所持することにより財運・家内安全・商売繁昌の徳が授かると言はれてゐる。
 毎年十二月に新しい提灯に来る年の祈願を書き、新年に奉納される祈願提灯も年々盛んになり今はその数二百個以上、夜火をともすと浄暗の中に人々の願ひが浮びあがってくるやうである。
神社の写真2


■年間行事・祭事(主なもの)

年間行事・祭事(主なもの)
一月 1日 歳旦祭
二月 3日 節分祭
8日 針供養祭
17日 祈年祭
初牛 初牛祭
初甲子 甲子社例祭
三月 10日 天満天神社例祭
26日 熊野社例祭
五月 2日 正ノ木 前夜祭 献木祭
3日 正ノ木 例大祭 神輿渡御
4日 正ノ木 二ノ木祭
5日 正ノ木 三ノ木祭 成就祭
六月 第一日曜 御田植祭
30日 夏越大祓、萬灯祭
七月 15日 瘡子社例祭
十月 10日 金刀比羅神社例祭
初旬 抜穂祭
十一月 23日 新嘗祭
十二月 31日 年越大祓