菅田天神社 (旧県社)

コードNo.:2012


神社の写真
■鎮座地: 甲州市塩山上於曽一〇五四
■所属支部: 東山梨支部
■御祭神: 素盞嗚尊、五男三女神、菅原道真公
■例祭日: 十月十五日
■宮司名: 今澤俊次
■境内地: 二四〇〇坪
■氏子戸数: 一七五〇戸、崇敬者数五〇名

■由緒沿革:
任明天皇承和壬戍年十月国司藤原伊勢雄奉勅甲斐少目飯高演成に命じて勧請神田明神と称す。其の後一条天皇寛弘甲辰年二月二十五日勅に依り菅公を相殿に祀り是より菅田天神社と言ふ。新羅三朗義光甲斐守として任国以来武田家の守護神として代々崇あり。承久中武田信光社殿を造営し武田陣中守護たる神器楯無鎧の威を恐れ当神社は府の鬼門に当り神徳霊妙なるを以て本社々殿に納め於曽氏をして守護せしめ其崇敬厚く神領祭田御祈願、寄附状等多数有之天正十一年四月十八日徳川家康公入国の砌当社に参詣神主に御目見の上御陣中御安泰武運長久の御祈?仰付けられ永久御祈願所と定められ、其節社領八貫二百五十文並紋付高張一対御寄附あり。亦慶長七年及正徳二辰年六月社殿造営の挙あり。朱印拾壱石八斗余を有し明治七年三月村社に、大正十三年三月郷社に、昭和三年十月県社に列せらる。昭和四十年三月不慮の災禍により社殿消失昭和四十四年十月復興す。
宝物及び貴重品
 国宝 小桜韋威鎧(楯無鎧)
 伝説に神功皇后御懐妊の御身に着せられ三韓に出陣御凱旋の砌豊前国にて安らかに応神天皇を生ませ給ひし嘉瑞の霊器なるを以て摂津国住吉神社宝物殿に納めありしものを後世源頼義奉勅奥羽追討の節住吉神社に詣て夷賊平定を祈りし時神託に因り陣中守護と賜ひしものを新羅三朗義光に伝へ爾来甲斐源氏武田家に伝来したる重宝なり。
 古文書
 信玄の禁制、信豊の寄附状、信玄の寄附状、元亀三年祭礼次第書、伊奈熊蔵の文書
 古器
 武田信春公寄附石灯籠、応永十六年建
 天然記念物
 樫の群生 二十四株
 境内建物
 本殿、拝殿、随神門、神楽殿、神輿殿、国宝保存庫、文庫、潔斉館、参集殿、神札授与所、旧随神門、御手水舎二棟、社務所、宮司職舎、文徳殿、稲荷社、鳥居四基、石灯籠四対、木灯籠二対、社号標二基、禁制、祭器庫、祖霊社

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