山縣神社 (旧県社)

コードNo.:5002


神社の写真
■鎮座地: 甲斐市篠原一九〇
■所属支部: 峡中支部
■御祭神: 山縣大弐
■例祭日: 九月二十二、二十三日
■宮司名: 塚川宣行
■境内地: 二、〇〇〇坪
■氏子戸数: 崇敬者数 二、五〇〇人

■由緒沿革:
祭神山縣大弐は享保十年(一七二五)名将山縣三郎兵衛昌景の後裔として旧竜王町篠原に生まれ、天資頴敏にして国・儒・医・漢・天文・兵学等あらゆる学問に精通し著書も多く、中でも宝暦九年脱稿の「柳子新論」は個人の尊厳と安民思想につらぬかれ、幕政の非をつき、政策をかかげ「暴政を行う王者は天意を奉じて民を救ふため放伐も義なり」と倒幕を主唱し、明和四年遂に悲命に倒れたが、その思想は傳承されて、没後百年、優国の烈士輩出して幕府政治は終はり万民安住の明治の御世となった。明治十三年明治天皇山梨県御巡幸に際し畏くも祭粢料を賜り侍従をして墓所を検分せしむ。同二十四年正四位追贈される。
  一身を犠牲にして大衆に不変の福祉をもたらせた偉大な先覚者を郷党の誇りとして、神社創建の議澎湃として興り、大正十年神社創建され九月二十二日鎮座、明治四十五年には東宮殿下、大正十一年には摂政宮殿下本県行啓に際し祭祀料をお供へあらせられる。また昭和四十九年には神宮第六十回式年遷宮の豊正殿撤却古伐の譲与を受け社殿も整備され、学問・教育の神として崇敬者多く社運隆盛今日に至る。
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